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戒名について

戒名の本当の意味

(顕本法華宗では、戒名のことを「法号」と呼んでいますが、一般的には「戒名」の呼び名で広く定着していますので、ここでは便宜的に戒名で統一致しています)


戒名(かいみょう)のことは、法名とも法号ともいいますが、これは本来同じ意味です。

今では人が亡くなってから仏式で葬儀をする時に、お寺さんにつけてもらうのを戒名だと思っている方も多いのではないでしょうか。


勿論それも戒名であることに違いはありませんが、本当の意味で戒名というのは亡くなってからつけてもらう名前ではなくて、生きているとき、その人が仏教徒になったとき、お釈迦さまを敬い、お釈迦さまの教えを信じますと心に決めたときにつけてもらう名前なのです。

たとえばキリスト教においても、洗礼を受けると、洗礼名といってクリスチャン・ネームというのをもらいますが、授けられる意味や、もらうときについては、洗礼名と同じようなものだと思ってもいいでしょう。


戒名の成り立ち

本来インドでは、お釈迦様の時代には、四姓といって、人間全体を四つの階級に分けて極端な差別制度が行われており、お釈迦さまはインドにお出ましになられ、この差別に反対されて「四姓は皆平等であって上も下もない、人間は皆同じである。仏の教えに入った人は皆平等である」と説かれました。


そして仏教徒でない四姓の差別のある人達に対し、自分達は仏教徒であり、差別などはなく皆平等にお釈迦様の弟子であるということを示すために、今までの名前(俗姓)を改めて皆「釈氏(しゃくし)」というようになりました。


つまり、仏教徒が、仏教徒以外の人達と区別するために「釈○○」というようになりました。名前を改め、新しい名前を名乗るという意味で、これが戒名のはじめといえます。これが中国に入りましてからは、殊に、お経の中で説かれた「戒」を持(たも)ち守りますという誓いを立てて仏教徒になって名前をもらいますので、その授けられる名前のことを「戒名」とか「授戒名」というようになりました。


「戒」というのは詳しくいえば大変長く、また複雑でたくさんあるものですが、一言でいえば、仏教徒が守るべき仏様の教え・いましめということで、一般に一番よく知られているのは、「五戒(ごかい)」という戒であります。五戒というのは、僧侶ばかりでなく、仏教徒は誰でも皆守らなければならない、一番根本の大事な戒で、これを本当に守ることができる人は、大変すばらしい仏教徒ということができます。


この「五戒」とは、

(1)あらゆる生きものを殺さない *不殺生戒(ふせっしょうかい)

(2)人のものを盗まない *不偸盗戒(ふちゅうとうかい)

(3)よこしまな男女の交わりをしない *不邪淫戒(ふじゃいんかい)

(4)嘘をいわない *不妄語戒(ふもうごかい)

(5)酒を吞んで乱心しない *不飲酒戒(ふおんじゅかい)


ということで、一見簡単なようですが、これを守るということは、誠に難事中の大難事ですから、もしこれを守っている人がいたら立派な仏教徒だといえます。

この大難事の五戒をこれから守って生きてゆきますと誓いをたてて、はじめて「戒名」をいただけるわけですから、戒名をもらうというのは、本当は大変なことで、自分の生活の一大変革というような大決心をした上で授けられるものなのです。


ですから、戒名とは、死者だけにあたえられる極楽(本宗では霊山浄土)行きの手形か切符のように思われがちの現在ですが、戒名の本当の意味にかえって考えるならば、戒名は、仏門に入ったもの同士、皆平等であることを示すもので、本来差別のあるべきものではないのですから、特別長くて良い戒名をつけてもらったからといって、霊山浄土へ行って何か特別扱いされていいことがあるというわけでもないし、また普通の短い戒名だからといって、軽んじられて冷遇されているということもありません。

仏教徒になったということをあらわす名前なのですから、名前そのものに意義があるのではなくて、「これからお釈迦さまの教えを守ります」という誓いを本当に日常生活の中で守って一生を生きてきたかどうかということが、よい果報をうるかどうかというきめ手になるわけです。いくら戒名がよくても、実行のない人はだめだということになります。


生きている時に戒名をもらいたいという人がありますが、これを「逆修(ぎゃくしゅう)」といっております。この逆修というのは、普通は亡くなってから戒名をもらうのを、一般の常識に逆らって生前にもらうからという意味ではありません。逆修の逆は、逆め(あらかじめ)名前をいただいておくという意味であります。逆修の戒名をもらったときには、墓石や位牌には文字を朱色で刻み込みます。この朱字により、この人はまだ生きている人だなということがわかります。

日本での戒名

日本での戒名のはじまりというと、普通は西暦754年に鑑真和尚が唐から渡ってきて、聖武天皇に「勝満」とういう戒名を授けたのが最初であるということになっています。しかし、仏教が日本に伝来したのは、公式の伝来より前に、色々な道筋をへて一般民間に入っていたといわれており、その意味では、早くから自宅で仏教を信仰していたという渡来人の司馬達等(しばたっと)の一族の場合も、西暦584年頃授戒得度をして戒名法名をつけていたといわれております。


昔はどんなに身分の高い人でも戒名は二文字が多かったことは、江戸時代の随筆『塩尻』に「中世の頃迄は貴人といえども只二字の外、別に道号を書く事なし」とあるのによってもあきらかで、例えば、あの「この世をばわが世とぞ思う・・・」とうたった御堂関白藤原道長の法名でさえも「行覚」の二文字だけでありました。また鎌倉時代までの、「伝教」、「弘法」、「法然」、「道元」、「親鸞」、「日蓮」、(年代順)などという高僧も皆戒名は二文字だけであります。これが室町時代より後になると段々、色々のかざりものがつけられて、次第に戒名が長くなってきます。

戒名の形式(道号、院号、位号)

まずつけ加えられるようになったのは、「道号」であり、つづいて「院号」や、「宗派による独特の文字」や、「性称、尊称(位号)」がつけ加えられるようになり、戒名は次第に長くなり、今日のような形になってきました。


授けられる戒名の一例 *本宗の場合

〇〇院△△◇◇信士

○○院△△日□居士(その他、信女・居士・大姉等)



(一)「道号」(△部分)


道号というのは、昔から本名の他に、字(あざな)というものをきめて、その人を尊んで呼ぶ時などにその「字」が使われましたが、これを仏教徒が(特にはじめは僧侶が)別にもう一つ名前をつけて使ったのが道号であります。はじめは中国で行われたものが、日本に伝わったので、その人を尊ぶ為に本名をよばないで、わざわざ別に立てた名前をよぶ、例えばその人の住んでいる所の名前とか、住居の後にある山とか、前を流れている川の名などで呼んだのがそのはじまりだといいます。


それが段々と尊称になっていって、道号として本人も認め、また使うようになるわけですが、それが遂に、戒名の中に取り入れられるようになるのであります。道号は大体二文字の場合が多く、本来の二文字の戒名の上に付け加えられます。



(二)「院号」「院殿号(いんでんごう)」(〇部分)


道号が戒名の上に加わったうえ、更にその上に「院号」が付け加えられることになりました。これは、院というのは、その人が生前住んでいた建物のことや、殊に天皇が退位された後に住んでおられた所のことをさしたものであり、例えば冷泉天皇が退位されてからその御所を冷泉院と呼ばれました。また、一方昔からお寺のことも院と呼ぶようになりました。


ですから、生前その人が自らお寺を建てたような時には、その寺の名前を院号にして、戒名

の上などに付けましたが、後には別に寺を建てなくても院号をつけるようになり、今では、全く本来の意味などとは関係なく、院号がつけられるようになっています。「○○院」という代わりに「○○庵」とか「○○軒」というような尊称を一番上につける場合も、これは本人の希望などにより、ごくまれにはあります。庵も軒もその人の居住ということから始まったもので、院と同じようなものです。このように院号は、尊い称号として付けられました。


さらに足利尊氏が亡くなった時、院号の下に殿を加えて「等持院殿(とうじいんでん)」という尊称をつけて呼んだのがはじまりで、それ以来、将軍や殿様の場合「○○院殿(いんでん)」というのを戒名の一番上につけるようになりました。今でも信仰の深く篤い人や、社会に大きく貢献した人などには「院殿号」をつけることがあり、この院殿号は、現在院号の最高であります。住職をしていても、一生涯にこの院殿号の戒名をつけることは、一度もないか、あっても一度か二度というのが、この戒名です。


(三)「日号」(□部分)


顕本法華宗や日蓮大聖人の流れをくむ宗派では、日蓮大聖人の“日”の字を一字いただいて、戒名の中に「日号」としてつけます。日号をいただくのは、この宗派では良い戒名をいただいたということになります。



(四)「位号」


これは戒名の一番下につける言葉です。これには男性の場合は、「大居士(だいこじ)」「居士(こじ)」「大禅定門(だいぜんじょうもん)」「禅定門(ぜんじょうもん)」「清信士(せいしんじ)」「信士(しんじ)」などがあり、また女性の場合には「清大姉(せいたいし)」「大姉」「大禅定尼(だいぜんじょうに)」「禅定尼」「清信女(せいしんにょ)」「信女」などがあります。これらの言葉は言葉本来の意味にかえって考えると、少しずつ意味合いは違った点もありますが、現在用いられている意味から見ると、大体男性の場合も、女性の場合もどちらも仏教を信じている男性、または仏教を信じている女性ということであり、どの言葉も同じ意味だとみてよいと思います。


どのような性称、尊称を授けられるかという基準は、現在ではその人の信仰の深さ篤さ、また菩提寺や社会に対する貢献の度合いなどにもより、決められるようです。

この一番下につける、性称、尊称のことを「位号(いごう)」ともいいますが、参考までに江戸時代には、一般庶民は信士・信女、武士は居士・大姉、殿様や将軍は大居士、その奥方は清大姉というように大体決まっていました。

子供の戒名

子供の戒名は、院号をつける場合は、きわめて稀にあるくらいで、大体は院号なしの場合が普通です。二文字の戒名か、または四文字の道号、戒名の下に「童子(どうじ)」「童女(どうにょ)」などの位号をつけます。


童子、童女をつける年齢については、昔から決定的な決まりはありませんが、大体6・7歳から15歳くらいまでというのが一般的になっております。

次にそれより小さい子供には、「孩子(がいし)」「孩女(がいにょ)」「嬰子(えいじ)」「嬰女(えいにょ)」「幼子(ようじ)」「水子(すいし)」などをつけます。


〈顕本法華宗 法式研究所〉


“仏事あれこれ”については、総本山妙満寺第302世貫首 古瀬堅徳(日宇)猊下(1917~2003)著書、『法事と戒名のすべて』(有)技興社発行を参考に掲載しています。

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